タモリさんが語ってい品川で山手線に抜かれたという開業一番列車の東海道新幹線とその運転手さんの話 - その他
08
2013

タモリさんが語ってい品川で山手線に抜かれたという開業一番列車の東海道新幹線とその運転手さんの話

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以前、タモリさんが1964年に開通した東海道新幹線の一番列車、新大阪発東京行が、東京駅を目前にして突如、スピードを緩めて、あろうことか品川辺りで山手線に抜かれてしまったという珍エピソード話していました。



タモリ:(当時)19歳。見てましてたよ。
    同時に新大阪からも来るんですよね。
    運転手の手違いかなんかで早く着きすぎるの。

半田:あ、早くつきすぎて山手線に追いぬかれたんですよね。

タモリ:そうそう。それでスピード緩めて・・。
   (TVで)中継すると山手線のほうが速いんだよね (笑)

半田:品川辺りをチンタラ走るんですよ。




この時の話が本当なのか、ネットで色々探していたら、この新幹線を運転していた運転手さんのインタビューを発見。なぜか中国のサイトに転載されていました。もとは新聞記事かなんかかな。




新幹線40周年、一番列車の秘話とは

  「東海道新幹線が1日、開業から40周年を迎えました。開業以来、「無事故」を続ける東海道新幹線ですが、1番列車にはこんな裏話がありました。 」

  開業40周年を祝って、発車する「のぞみ201号」。東海道新幹線が開業したのは、東京オリンピックを目前に控えた40年前の今日でした。

  当時は、時速210キロで、東京と新大阪を4時間で結び、「夢の超特急」と呼ばれました。

  「いや、こりゃ エライ電車に乗っちゃったな という感じですね」( 関亀夫さん、71歳)

  関亀夫さん。実は、開業当日の上り一番列車の運転手です。当時は運転手2人が交代で運転にあたり、上り一番列車は多くの関係者らが見守るなか、定刻通りに東京駅に到着しました。しかし、そのカゲには、こんな裏話がありました。

  「当日はスムーズに 走っちゃいましてね。 怖いから5分くらいずつ 早めに、 余裕を持って走ったんですね」

  「品川へ来たから「さあ、いいぞ」ってね。 そしたら距離が いくらもないでしょ。 指令の方からは 「東京駅には定時に 着いて下さい」と 来たわけ。 それからスピードを 落としまして、 そしたら、京浜東北線や 山手線に 抜かれちゃうんですよ。 ちょっと カッコ悪かったですね」

  4時間かかっていた東京?新大阪間は、今では「のぞみ」で2時間半ほど。開業以来、衝突?脱線など、乗客を巻き込んだ事故は「ゼロ」。東海道新幹線は「安全神話」と共に、世界を代表する高速鉄道に成長しました。

  開業から40年。関さんの新幹線への思いは、やはり「安全神話」です。

  「無事故を続けていって もらいたいと 思います」(関さん)

  東海道新幹線には、3年後をメドに、さらに高速走行が可能な新型車両が導入される予定で、「安全神話」を 守りながら、スピードアップを 図ることになります。 (2004年10月1日 )(終)



どうして、早く着きすぎてしまったのかの真相まで分かりました。
当時、タモリさんが見たTVの中継映像も見てみたいなぁ。