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ディープ秋葉原画像シリーズ総集編1 

いつも「news&memo」内の雑記で不定期に書いていた「ディープ秋葉原画像シリーズ」をまとめてみました。この総集編は地図もつけてみましたよ。


その1
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未だに残っている2009年に閉店した「Dカルト」の看板。誰にも気付かれず、「Dカルト」がここにあったことを主張し続けるのですね。2005年頃は、このビルに「Dカルト」の他「メッセサンオー」と「DO COMIC」が入っていてオタク書店が一世を風靡していたのですが、今やどのお店もここにはありません。


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その2
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石丸本店の裏にある講武稲荷神社。ひっそりとした場所ですが、ココに神社があることは知っている人が多いです。こんな地味な神社ですが、この神社の歴史を紐解いていくと、秋葉原の裏の部分が見えてきますよ。
話は江戸後期まで遡ります、当時、幕府が運営している武芸鍛錬所である講武所を築地から秋葉原に移してくることになりました。なんで秋葉原に持ってきたかったというと、この辺りには当時、花街があったので、お金のなかった江戸末期の徳川幕府は、講武所の運営資金を花街の売上で賄おうとした訳らしい。すげーな江戸時代。
そんで何でこの神社があるかというと、講武所を秋葉原に移転しようと企んだ大貫伝兵衛って人が、移転の願いを出す前に、お参りに行った稲荷神社にちなんで、この地にも稲荷神社を建てたらしい。それがこの講武稲荷神社。だいぶ、意訳して書きましたが、なんかスゴイ神社だね。


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その3
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幻の首都高速「岩本町ジャンクション」。タモリ倶楽部の「首都高作りかけ大賞」で紹介された、ジャンクション建設用のイカの耳が岩本町駅のA3出入り口から見ることができます。幻の計画では神田川の上に高速道路を作る予定があり江戸橋方面に行くためのジャンクションになる予定だったみたいです。もし神田川に沿って首都高が作られていたら秋葉原の景観も変わっていましたね。


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その4
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電気街の裏通りを入っていたところにある芳林公園の敷地は、かつて南総里見八犬伝の作者である滝沢馬琴が12年間住んでいた場所らしい。今では立て札が一つあるだけで、その面影はありません。ちなみに千代田区出身の鳥取県知事、平井伸治さんは子供の頃、ここで野球をして遊んでいたらしい。


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その5
ディープ秋葉原画像シリーズその5
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「佐久間橋跡」
JR秋葉原駅の昭和通り口の脇には佐久間橋児童遊園があります。オタ芸の練習している人たちがいたりするところですね。その公園の端っこに静かにたたずんでいるのが佐久間橋跡。秋葉原駅の横にある再開発地区は昔、神田川から水を引いてきた割堀りがあったそうです。そこには東北からの荷物を集める貨物基地があり、その貨物基地から、割堀りを起点にして、神田川を使い各地へ荷物を運んでいたとか。写真の佐久間橋跡は、神田川から割堀りに水を通していた人工水路を渡る為の橋がココにあったことを示す跡らしいです。こちらの明治時代の古地図を見るとイメージがわきやすいです。地図上にちゃんと佐久間橋の名前が書いてあります。


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ということで次回は「その6」からですね。
明日のnews&memoコーナーで「その6」を掲載予定です。


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