二度と戻らない美しい日々にいる『ゆるゆり』歳納京子とタモリも唸った小沢健二の名曲 

今週の「ゆるゆり」、修学旅行ではしゃぎ楽しんだ2年生一行。
最後のシーンで、温泉に入りながら京子は、夜空を見上げ
「ずっとこんな日が続くといいなぁ」とつぶやきます。

vlcsnap-2011-09-06-21h27m33s21.png
vlcsnap-2011-09-06-21h26m35s198.png

アニメも9話、残り少なくなり、この楽しい日々が永遠でなく、アニメの最終回が近いことを示唆しているようで、なんかシンミリシました。



まるで、あのタモリさんに『俺、人生をあそこまで肯定できないもん』と言わしめたというオザケンの「さよならなんて云えないよ」の歌詞のように。



”左へカーブを曲がると 光る海が見えてくる
僕は思う この瞬間は続くと いつまでも”

”本当は分かってる二度と戻らない美しい日々にいると
そして心は静かに離れていくと”



修学旅行ではしゃぐ、京子や綾乃たち。この回で修学旅行を楽しんでいる姿を存分にみせて、最後にさり気なく、あのセリフ。いつまでも続くと思っていた瞬間は、二度と戻らない美しい日々になってしまうことを、どこかで察している京子たちの切なさと、この歌がカブってしまいました。『ゆるゆり』も、今週で9話。残りもわずか、我々、視聴者も楽しかった、このじかんがいつまでもつづきますように。


ちなみに、これは2009年に話題となった「さらば雑司ヶ谷」の一節。

「むかし、いいともにオザケンが出たとき、タモリがこう言ったの。『俺、長年歌番組やってるけど、いいと思う歌詞は小沢くんだけなんだよね。あれ凄いよね、“左へカーブを曲がると光る海が見えてくる。僕は思う、この瞬間は続くと、いつまでも”って。俺、人生をあそこまで肯定できないもん』って。あのタモリが言ったんだよ。四半世紀、お昼の生放送の司会を務めて気が狂わないでいる人間が! まともな人ならとっくにノイローゼになっているよ。タモリが狂わないのは、自分にも他人にも何ひとつ期待をしていないから。そんな絶望大王に、『自分はあそこまで人生を肯定できない』って言わしめたアーティストが他にいる?

(中略)

「あれはどういう意味だ。“嫌になるほど続く教会通りの坂降りて行く”ってのは」

 豆腐屋の謙吾が訊ねた。こいつは「豆腐の角に頭をぶつけて死ぬことは可能か」を確かめるため、豆腐屋になったという変わり者だ。

「“教会通りの坂”は神に定められた私たちの人生のこと。それが“嫌になるほど続く”と思っていた歌の中の主人公が、“左へカーブを曲がると、光る海”、つまり、産み。生を肯定して、“この瞬間は続くと、いつまでも”って自己回復していくの」


嫌になるほど続くと思っていた日々が、実は輝かしい時間だと気づくなんて、ここまで人生を肯定できないと絶望大王と言われたタモリさんを唸らせたという逸話。

後に、「さらば雑司ヶ谷」を押していた水道橋博士が「タモリ倶楽部」でタモリさんと共演した際に、実際にこの一節を読んでもらって、昔「いいとも」でこのオザケンの話を本当にしたという裏をとっているのが、また面白い所。

タモさん、未見、未読。だがオザケン論の核心に。
一読された後に、
「これ書いてある通りだけど、
 放送されてないと思うんだけど……なんで知ってんだろう?」
と興味津々に。



さらば雑司ヶ谷さらば雑司ヶ谷
(2009/08/22)
樋口 毅宏

商品詳細を見る

Comment

Add your comment